0:00~オド芸
2:29~アルカホール
5:34~チキチキバンバン
7:00~純情
8:19~アゲアゲEveryナイト
■出演
☆☆なぎさ(本推し)
☆にこ(サブ推し)
るみ りぼん ようこ しいな ゆう ちの つばき らんか きらり りむ ちょこ べる もね みお メアリー
■前方席確定プラン
ステージ前2列目端っこ
■マダオ日記
2022年6月17日以来となる「バニーナイト」のコスプレイベント。
前回も大いに盛り上がりとても思い出深いイベントとなったが、今回も前回に負けず劣らずの大盛況なイベントとなった。
うさ耳、シッポ、ビスチェ、蝶ネクタイ、カフスに網タイツ…そしてハイレグ。
何故こうもバニーガールは魅力的なのか?
その歴史を紐解いてみる。
「バニーガールの歴史」
バニーガールは、アメリカの成人雑誌『PLAYBOY』との連動企画で運営された高級クラブ「プレイボーイクラブ(PLAYBOY CLUB)」のウエイトレス衣装として考案され1960年2月29日、シカゴの「プレイボーイクラブ」で初公表。
PLAYBOYのシンボルマークであるラビットヘッド(ウサギの頭)を題材としている。
ウサギをモチーフにした理由は、ウサギが1年を通して発情期というイメージの生物であることからの連想で「自分はいつでも男性を受け入れる準備ができている」という暗喩から。その当時のバニーガールの衣装には実際のウサギの毛皮を使用した物もあった。
主に飲食店の接客係やカジノの女性ディーラー、奇術他、バラエティ番組などの各種ショーのアシスタントが着用する場合が多いが、TV番組における露出はPTAなどから青少年へ悪影響を与えるとのクレームで近年はめっきりと少なくなった。
「日本の飲食店でのバニーガール」
1966年にバニーガールの接客を取り入れたナイトクラブ「ゴールデン月世界」が赤坂に開店。アメリカのプレイボーイクラブが日本に進出したのは1976年だが、それよりも10年以上前の1960年代には、Zenやエスカイヤクラブなどのバニーガールがホステスあるいはウェイトレスを務める飲食店が、日本に初登場している。
1980年代には合法・違法を問わずカジノが全国の繁華街に林立し始めそこでもバニーガールが大活躍する。
2000年代に入ると、風営法の適用を受けずに深夜営業できる「ガールズバー」の形態の店が普及し始め、ガールズバーの元祖が大阪でバニーガールの衣装を着た店であったことから、その後に開店するガールズバーでも制服にバニーガールの衣装を採用する店が多くなった。
ウエイトレスやナース(看護師)、キャビンアテンダント(CA)、警察官、軍服などの衣装は、本来その職業に就かなければ着用できないものである。
1980年頃からそれらの職業に就いていない人がそれらの職業に憧れたり、衣装そのものに魅力を感じて趣味としてそれらの衣装を着用する人が出始め、バニーガールの衣装も本来は職業用のユニフォームであるのでその範疇に含まれる。
そんな歴史あるバニーガールの衣装は見た物の目を奪っては虜にする魔力的な効果を持っており、バーレスク東京においても数か月に1回、「バニーナイトイベント」が開催されている。
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